めぐりめぐる。

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「下積み期間」は必要か、という話

下積みという体験が評価される世の中

堀江貴文氏が、飲食人大学の寿司マイスター専科を受けた学生と卒業生だけが集まる店が成功し、ミシュラン・ガイドに乗った話を受けて「下積み期間が足らない」と声を上げる人達に対して憤りを感じているという記事がこちら。

news.livedoor.com

 

この記事に関しては僕も全面的に賛成で、長い期間下積みをしなくてもお客様から評価される店を作り上げられたのだから、その事実を受け止め、大いなる賞賛を送るべきだと思う。

 

堀江貴文氏は著書「ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく」(以下、ゼロと表記)において、苦労しなければ成功できないといった世間の論調が非常に気に食わないということを書いている。知らない人もいるかもしれないので書くと、堀江貴文氏は裕福な家庭に生まれず、両親共に高校卒業までの学歴しかなかったので、何か英才教育のようなものを受けたわけではない。

 

彼はインターネット黎明期において「ホームページ」の持つ魅力にいち早く気づき、通っていた大学・・・それも「東大」を辞めて、半年ばかり会社が運営できるぐらいの資金を借金して、とにかくがむしゃらに働いた。「エンジニア」としての下積み、もっと勉強して世の中のことを知ってから、何かのプロジェクトに関わって練習してから・・・そんなことは一切考えずに、自分が「これだ」と思ったことに対して全力で努力した。その結果、世間を騒がせる時代の寵児となった。

 

「ゼロ」では、そうした「がむしゃらに働く」ことでさえ本に書くのを躊躇われたという。頭の良い人、効率良く働ける人であれば、徹夜で連日働く必要もないし、短い期間で成功する。「ある一定量頑張らないと成功できないなんて、ないんだよ」ということを彼は本の中で力説しているんだよね。なんだか世の中で成功している人は皆「すべからく苦労している」という風潮があるし、ある種観衆もその語り口を期待しているところがあるんだけど、必ずしもそれ「だけ」が成功する秘訣ではないと。

 

「ゼロ」について、「ちきりん」という社会派ブロガーと対談している堀江貴文氏は対談の中で以下のように述べている。

 

ちきりん そもそも、ある程度のことを成し遂げている人で、挫折や苦労をしていない人なんて、存在しないんですよね。ただ、それを外部に言うか言わないかは、マーケティング的な方針の差にすぎないというか……。

堀江 僕はこれまで、そういったことは表に出すべきじゃない、と思っていたんですよ。なぜかというと、「苦労しなければ成功できない」みたいに思われるのがイヤで。

ちきりん それは私も同じです。苦労自体がいいものにされてしまうのは良くないと思うから、「あたしはこんなに条件が悪かった。だけど頑張ったから成功した」って言いたくない。

堀江 そうそう、そうなんです! 「若いときの苦労は買ってでもしろ」とか言う人間が、僕は本当に嫌いで。そんなのわざわざ買う必要ないし、苦労しなくてもうまくいくのであれば、そのほうがいいに決まってるじゃないですか。いくら毎日うさぎ跳びして歯を食いしばって頑張っても、試合に勝てなければ意味はないですよ。

ちきりん 全く同じ意見です。ところがこの国には、たとえ試合に負けても、努力したんだからいい、流した汗が尊いんだ、といった倒錯した考えがあるんですよね。

堀江 そう思われるのがイヤだったから、これまで自分が努力してきたことについては、あえて書いてこなかったんです。「やっぱり、歯を食いしばって努力しないと成功できないんだ……」「苦労したくないから、チャレンジしなくてもいいや……」って、読んだ人が怖じ気づいちゃうかもしれないんで。

第3回[ちきりん×堀江貴文 対談](前編)伝わらない悔しさを乗り越えて|堀江貴文のゼロ──なにもない自分に小さなイチを足していく|ダイヤモンド・オンライン

 

「修行をしなければ絶対に成功しない、良い職人にならない」というステレオタイプの、あまり根拠のない発言は、「そうか、10年修行しないと駄目なんだ、俺には無理だな」と新しくその業界に入ってくる人達に対して門を閉ざす行為になると僕も思う。それはある種その業界を衰退させることにも繋がるし、悪いことばかりかもしれない。

 

職業としての料理人の闇

さて、寿司職人と聞くと非常に過酷な修行をするイメージがある。最近ネットでも話題になった寿司職人見習いになった方の労働時間がブラックすぎて泣ける。

平日
3:30起床→4:30築地→6:00帰宅飯炊き→7:00仮眠→9:30仕込み→11:30開店→15:00夜の仕込み
→23:30閉店清掃作業→24:30日誌翌日の仕入れを書く→25:00就寝

土曜は夕方から開店(仕入れが終わったら15:00まで自由時間)
日曜は市場休業&夕方から開店

元旦以外は休日なし
これで12万円しかもらえないンゴ、、、

【悲報】ワイ寿司職人見習い、ブラックすぎwwwwwwwwww - かれっじライフハッキング

 

こんな生活をしていたら間違いなく身体を壊すと思う。寿司屋を開業するための修行は10年必要だと言われているが、こんな環境で長く働き続けられるのだろうか。人間らしい生活とは何かということを考えさせられる。さらに働きっぱなしの上に師匠からは厳しく寿司に関する指導があるのだろう。よほどメンタルが強くないと続かないと思う。

 

こと料理人に関してはなぜか「キツイのが当たり前」という文化がある。漫画「大使閣下の料理人」において、主人公が「料理ってのは鼻っ面の強い人間じゃないとやっていけないんですよ、ちょっとしたことでめげるようだったらこの世界にいないほうがいい」という言葉を発するシーンがいくつもある。その中の一部を引用で紹介する。

 

(体罰を受けながら料理を学ぶ主人公の回想から、「公」は主人公の名前)

 

「公、日本の料理人というのはそんなひどいことをするのですか?」

「古い体質だと思うでしょうが、身体で覚えていくにはそういうものも必要なのです。」

「身体で覚える?」

「それと同時に我慢を覚えるのです」

「料理人の仕事は地味できついものです。ちょっとしたことでイヤになるようでは後々長続きしないでしょう」

「相田さんのきつい仕打ちは仕事を身体を覚えるためのムチのようなものです」

 

(省略)

 

「でも僕にはそうは思えない 多分僕のことが憎いのだと思います もうあの人の下ではできません」

「だったら料理人になろうなんて考えないことですね」

「えっ?」

「調理場に立てば素人でもプロフェッショナルとして給料をもらうのですから できないやりたくないでは通用しないのです」

「料理に対する情熱があればそんなことはすぐに乗り越えられるはずです」

大使閣下の料理人5巻 19~20ページより引用

 

こういった言葉は、例えば僕がIT業界で働いていて「2、3日徹夜で働いても物づくりができるぐらいの気概がないとこの業界では成功しない」という話を聞いて「まあ一理あるかもしれない」と感じるのと同様に、料理人であらせられる方々にもこの言葉には少なからず共感できるものがあるのだろう。

 

こういった職業の中身は少なからずブラックボックスになっており、周りの人達からは見えない専門性をたくさん抱えているので、「ああそういうものなのね」と僕達は深く考えないまま納得しかけるんだけど、今回の記事を読んであらためて「そういうものだよな」と深く考えずに腹に落としてしまうことに関して考えさせられることになった。

 

なぜ「10年」なのだろう?

先ほど寿司屋を開業するための修行年数が10年と言われていることに触れたけど、僕が好きな落語も、落語家がちょうど真打と呼ばれる一人前になるのに10年以上かかると言われている。10年・・・。

 

しかも10年というのは「見習い」といったまだ落語協会に名前を登録していない状態で師匠のありとあらゆる周りの雑用をこなした後、見習いの時の雑用に加えて「前座」と呼ばれる寄席に関わる様々な裏方の仕事をきちんとやり遂げ、ようやく雑用をする必要がなくなり自分で仕事をとってくるなりして100%技術を磨くことに専念できる立場「二ツ目」になってからの10年である。この期間が長いのか短いのか、それはもう落語の技術を磨いていく本人にしかわからない。ブラックボックスである。

落語家の階級 - 落語ってなに? - 落語はじめの一歩|落語芸術協会

 

さいごに

一昨日に村上春樹氏の新刊「職業としての小説家」について記事で触れた。「小説家であり続けることの技術」として、文章を1日まとまった量書き続けることと、今の段階でベストだと信じられるまで推敲し、ありとあらゆる賞賛、批判に耐えられるプロセスを構築することが重要だということについて僕は本を読み、書評を書くことで学んだ。

knewton.hatenablog.com

 

料理人や落語家という職業から考えてみても、長い間成功し続けるためにはいろいろな苦労を積み、自分が信じるものをお客様に出し続けられる強い心と体力をつけなさいということが一つの答えかもしれない。こういうことを書くと堀江貴文氏に怒られそうだけど、「下積み時代を大切にする」ということが様々な文化において大事にされることにも注目するべきだと僕は思うのだ。

 

とりあえず僕はこの寿司マイスター専科を出た人達が活躍する店が、いつまで脚光を浴び続けるのか注目していきたい。もし1年や2年であっという間に潰れてしまうとしたら・・・「下積み」というブラックボックスについて真剣に考えるきっかけになるよね。