めぐりめぐる。

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アスペルガー傾向だと?ふざけんなよ!

「君みたいな人なんていうか知ってる?」

 

精神科の先生は優しさと厳しさを同時に併せ持った声で、僕に語りかけてきた。

 

「最初に話をした時からわかってたよ、君はコミュニケーションをとるのが苦手だよね。アスペルガー症候群の傾向があるよ」

 

はは、と僕は言い、言葉を失った。後ろ斜め45度にいた母親を見ることはできなかった。たぶんみたら僕は泣いてしまっただろうと思う。きっと産んでごめんみたいな顔をしていたはずだ。あとできいたら、やっぱりそう思っていたらしい。

 

「今君はアスペルガー症候群という言葉がぐるぐる頭の中を駆け巡っていて、さらにこの後アルペルガー症候群についてインターネットで調べるね。で、へこむね」マスクのせいで笑ってるのか嘲笑ってるのかよくわからない先生の声が聞こえた。今思うと一発顔に入れてやればよかったなと思うのだが、その時は唖然として「なんでわかるんですか」と僕は絞り出すように声をあげることしかできなかった。お前はマジシャンか何かかよ、ぐらい言いたかったもんだ。いつだって機転がきかないんだ。

 

「今おかあさまがいらっしゃるのでこの際言わせてもらいますが、息子さんが家出をしたのは彼の本質です。薬のせいで家出をしたりすることはありません。」

 

死刑宣告かよ、と僕は思った。医者が「僕のせいで息子ちゃんをどうかしたわけじゃありまちぇーん!薬出した僕のせいじゃないもーん!」ぐらい開き直ってたら許せたけど、あまりにもはっきりとした口調で、裁判の結果を通告する誰かさんみたいな感じで伝えてきたから、ああそうですが僕が悪いんですねすみません、となった。

 

あなたの本質です。

 

あなたの本質です。

 

あなたの本質です。

 

なんてひどい言葉なんだろう。もっと世界には優しい言葉はないの?美しい言葉だってあるでしょ?薬のせいにしたっていいでしょ?

 

それは、あなたの、本質です。

 

ひどい言葉だ。常に心臓に剣を刺されている気分だ。実際にされたことはないし、そんなことになったら死ぬけど。そしてこういうことを面白いと思って口に出すのが僕だ。空気が読めないのもアスペルガー症候群の傾向なんだろうか。

 

「息子さんはね、薬の管理ができないんですよ。だからおかしくなる。もともともっていたアスペルガー症候群の傾向が強くなるんですよ。本質がね。本人は薬を管理できてると思ってたけど、数はあっていなかったようだし。だから薬を全部やめます。一回ゼロにする」

 

一回ゼロにする。1日10錠ぐらい飲んでいた様々な薬を、管理ができないが故に全部一気になくすと。天罰か何か受けてるんですかね僕は。あと、病気だから薬が管理できないのであって、因果関係と前後関係を先生は混同していると思った。まあ、いうと失笑しかねないと思ったのでそれは我慢できた。それぐらいは大人になったのだ僕は。

 

「息子の薬を私が管理したほうがよろしいでしょうか?」

 

母親がそういうと、先生が笑った。

 

「この人もう28歳なんだし、自分でやらせましょう」

 

言ってくれるじゃねえか、と僕は思ったよね。大人じゃないじゃん。違うじゃん。先生は薬の管理ができない僕や著しい衝動的行動をとってしまう僕を責めるのではなく、やはりあくまで僕の本質をつきたいようだった。

 

つんつん、つんつん。

 

つまようじじゃなくて、剣で刺されてるからねコレ。痛い痛い痛い。メンタルクリニックってこういうとこだっけ。よちよちされるとこじゃねーのかよと僕は頭を抱えた。あまりにつらかったので右後ろを振り返ると、みかねた母親が堰を切ったように喋り始めた。

 

その後の記憶はない。