狐娘カフェのシェフとの出会い
「シェフ〜!」
そう呼ぶと、いつも笑顔で迎えてくれる狐娘カフェのシェフが好きだ。本当に料理が美味しくて、商店街に入っている大抵の店よりもワンランク上の食事を出してくれるので、嬉しい。これは本当に比喩ではなく、実際に狐娘カフェにはご飯を食べにとりあえず来るというお客さんがたくさんいるのだ。なんと素晴らしいことか。しかもやすいし。
よっこいしょ、とシェフがたまたま僕がいたお座敷に座ったので、僕はつい話しかけてしまった。そう、僕はすぐに人に話しかけてしまうのだ。そしてシェフはきっと笑顔でいろんな話をしてくれると思ったから。
実際のところ、シェフとは30分以上も長話をしてしまい、狐娘という尊いキャストを鮮やかにほったらかし、経営論について語った。そう、シェフは経営者だった。
詳しいことは書けないが、シェフは自分の店をもっているようだった。ただ自分の店だけではやっていけないので、時々狐娘カフェのシェフとして頑張っているらしい。いいですね、と僕がいうと、いえいえ、と彼は優しい笑顔で笑った。
店を確か18だか19だかで初めて出して、その後何度か繰り返して今に至るようだ。細かいことは聞けなかったし、聞く必要もなかったが、彼なりに苦労をしてきたのだろうと思った。大きい背中だったが、なんとなく疲労の影があったからだ。
なんにせよ、彼は自分自身で決心し、リスクを取り、自分の好きなことをやった。それはとてもすごいことである。考え、行動することの難しさたるや。やりたいことをやるためには本当にたくさんの労力がいるし、周りの協力も必要だ。彼にはその中のいくつかが揃っているのだろう。みんなに好かれているし、いい人なんだと思う。
「横の繋がりって、大事ですよね」
「そうだね、それがあれば食べていけるかな...」
その後、彼が重要なことを口にしたのだが、グラスに氷を入れる作業の音が気になってよく覚えていない。僕が感じたことは、これだけだ。
「経験しなければ必要なものは得られないし、知ることもできない」
無知の知。知らざるは恥。何でもは知らない、知ってることだけ。そんなんでいいわけない。経営者になることで背負った苦悩もあるだろうが、得たものも大きいのだろう。僕は少し羨ましくなって、すごいじゃないですかと背中を叩きたかったが、僕にはまだその資格がなかった。
僕にはまだその資格がなかった。
(ライティングタイムアタック : 2分21秒)